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2003年12月06日

「夜の橋」 藤沢周平

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小説を分類する方法に、長編か短編かというのがある。それでいけば、この本は短編集である。短編は難しいと言われる。それはそうだ。細かい状況説明もなく、いきなり話が始まり、それで読者をつかまないといけない。
私は以前、短編集は嫌いであった。なぜといえば、長編の方が、ストーリーがあってドラマが盛り上がるから。それで長編ばかり読んでいた。ところが、藤沢周平の長編をほとんど読んでしまってとうとう短編集に手を出した。そして、短編集も悪くないと思った。
藤沢周平は短編もうまい。1作の中に必ずテーマがあり、ドラマがあり、読後さわやかな印象が残る。テーマは、武家ものにしろ、市井ものにしろ、人間の機微、男女の情愛を扱ったものが多い。長編の一つ一つのいい場面を切り取ったようなかんじがする。
短編の場合、書き出しが難しい。テーマは決まっていてもこの書き出しで話がどう動くか決まる。

この短編集の中で、特に気に入ったのが、タイトルにもなった「夜の橋」と「「泣くな、けい」である。「夜の橋」はいかにも作者らしいタイトルであるが、「泣くな、けい」は時代小説のタイトルには珍しい。それぞれの書き出しは次のようである。

民次が横網町の裏店に戻ると、薄暗い井戸端から立ち上がった人影に、名前を呼ばれた。呼んだのは、隣の女房のおたきだった。
「おそかったじゃないか、あんた」(「夜の橋」)

「麻乃には言うでないぞ。いや、誰にももらしてはならん」身づくろいして部屋を出ながら、相良波十郎はけいを振りかえってそう言った。けいは部屋の隅にうなだれて座っていた。(「泣くな、けい」)

どちらも主人公がすぐ登場し、場所がわかり、せりふにより読者の心をつかむ。何が起きたのか?これで読者はすっと物語の世界に入っていける。書き出しをだらだら書いては、一番肝心な事件おこり、解決がかけないうちに枚数がつきてしまう。書き出しでその場面が頭の中に絵で浮かび出すようでないといけない。絵が浮かべばあとはストーリに乗って、絵が勝手に進んでいく。この流れに違和感がない。読み終われば、そこに人生の哀歓が漂っている。これがこの作者の魅力である。

「夜の橋」は良くある男女の話である。ばくちに入れあげて女房に逃げられた男と、逃げはしたがいつまでも気にしている女がいて、ばくちで痛い目にあった男が、最後には女の真情に気がつき、元の鞘に収まるというもの。この話の場合、最後のところで男を見放していない女の目線がいい。腐れ縁と言えばそうかも知れないが、この話の場合、男が本当に改心し女の真情を理解するから、きっとこれからはうまくいくだろうと読者は思えて心温まる。これがだいじだ。

「泣くな、けい」はタイトルも珍しい。けい、という名前も珍しい。いきなり、手込めの後のシーンから始まる。妻の留守に事件は始まり、お納戸役という役目がら扱ったお家の家宝の短刀が紛失するという難問が発生する。悪いことに妻も病死。せっぱ詰まったところにけいが浮かぶ。自分と上司の命をけいに預けて、短刀を取り戻させに行かせる。それを見事に果たすけい。面目を取り戻し命を救われ、改めてけいの心根に気がつく波十郎。家老にけいを妻に迎えたいと告げる。自分の仕打ちや妻の態度に家を出たいと思ったことはないかと問うと、けいは「でも、戻る家もございませんから」と答える。ここで読者はぐっとくる。そうしてこういう強い生き方もあるのだ、これが必要なのだ、これが大事なのだと思い至り、これからのけいの人生を祝福するのである。

夜寝る前に一編ずつ、読む。短い時間でストーリーを堪能し、読後豊かな暖かい気分になれ、すっと眠りにつける。これが1週間ほど続くのである。なんと贅沢ではないか。

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Posted by Sorin at 07:09│Comments(4)読書
この記事へのコメント
さるのすけと申します。
最近北国の住民になったばかりです。たまたま藤沢周平の記事を見つけて読みましたが、すばらしい解説ですね。思わずクールボタンを押してコメントを書いてみる気になりました。私も彼の長編を2,3読んですきになりましたが、短編も読んでみようと思います。ちなみに藤沢周平を読むきっかけは、NHKドラマの「腕に覚えあり」でした。(笑)
Posted by さるのすけ at 2003年12月06日 17:10
コメント、ありがとうございます。
わたしもブログを初めてまだ1週間です。これから、よろしくです。
藤沢周平の作品はよくNHKでドラマ化されますね。
「用心棒日月抄」のシリーズ、「たそがれ清兵衛」「せみしぐれ」「三屋清左衛門残日録」などがあったと思います。私は「せみしぐれ」と「用心棒」が好きです。
Posted by Kiyo at 2003年12月06日 17:55
Kiyoさん
たそがれ清兵衛」は映画を見たいと
思っています。その前に原作を読む
べきかな。
藤沢作品では、ドラマ化されていない「雲奔る」と「密謀」を昔読みました。ここ数年藤沢作品を読まなくなっていましたが、「夜寝る前に一編ずつ、読む」というKiyoさんの贅沢な楽しみ方を知り、うらやましくなりました。
まねたいけど、最近小猿たちを寝かせながら自分が先に寝てしまうという体たらくなので、ちょっと無理かも。
私も歴史小説好きなので、そのうち自分のブログに載せるかもしれません。今後ともよろしくお願いします。
Posted by さるのすけ at 2003年12月06日 21:07
おられるんですね。今しばらくは大変ですね。
うちは、もう一番下でも高2ですから。
こちらこそよろしく。
Posted by Kiyo at 2003年12月06日 22:09
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「夜の橋」 藤沢周平
    コメント(4)